金融経済研究所

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レポート

Report No.010

LIBOR問題と「不思議の国のアリス症候群」

2012/10/26

 英国にはたくさんの童話が残っているが、その多くはユーモアとウイットに富んだ作品が多い。子供時代に親しむ童話であるが、大人になってからでも童話のなかに重要な教訓が含まれていることを知ることがある。

 ルイス・キャロルが1865年に著わした『不思議の国のアリス』もその一つである。ウサギを追っているうちに、穴に落ちてしまったアリスが手にした瓶の中にあるケーキをラベルの指示にそって食べると、自分の体が部屋一杯に大きくなったり、テーブルの下に見えなくなるほど小さくなったりする。遂には、自分が何者であり、なぜ自分がそこにいるのかも分らなくなってしまう。

 後年、1955年、英国の精神科医ジョン・トッドは、童話のアリスの体験に因んで、「アリス症候群」という精神的疾患を発見した。この症状は、眼では外界が通常と同じように見えているはずなのに、主観的にはそれが実際より大きく見えたり小さく見えたりする。この症状の原因はいまだに不明だが、例えば、車の運転中にハンドルがドーナツのように小さくなったように見えたり、ピザのように大きく見えたりする発作を本人は気がついても、周囲の人間には普段と変わらない眺めなのである。

 これと似たようなことが、英国金融街シティで起きていたことが発覚したのが、ロンドン・オリンピック開催中の夏の頃であった。
 
 政策金利は各国の中央銀行がそれぞれの経済状況で決めるものであるが、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)は、国際的な貸出金利の基礎になるもので、世界で起きている金融取引に連動している。その金融取引は住宅ローンからデリバティブまで含めると世界中で360兆ドル(2京8千兆円)と推定されている。
  比較可能な124カ国のGDP(2010年)を合計すると、約62兆ドルになる。 その5倍を超える大きさの金融取引にLIBORが使われており、これに例えば1%の間違いがあっても、3兆ドルを超える誤差があることになる。この金融アリス症候群が2005年から発生していたとしたら、LIBOR事件が前代未聞な甚大なる影響を金融界に与えることになる。

  LIBORが使われている金融取引・商品には金利スワップ、上場先物・オプション、金利先渡し取引(FRA)、シンジケートローン、変動利付債などがあり、期間も30年に及ぶスワップ契約などもあり、金融商品の利用者、とりわけ個人向け商品などでは作業が膨大になり、金融市場に不測の混乱を引き起こしかねない。
 
  アリスの傍を「大変!大変!遅刻してしまうよ」と懐中時計を見ながら走りすぎたチョッキを着たラビットのように、 金融関係者はLIBOR改革を目指して急いでいる童話『不思議の国のアリス』には続編『鏡の国のアリス』が用意されており、そこでアリスは夢から醒めて、自分自身の存在を確認することになる。

  金融界もグローバル化の流れの中で、金融機関の本来の機能を忘れ、強欲に収益を追求する集団に陥ってしまった。LIBOR事件の前後に、名門金融機関が次々と深い穴の中に落ち込んでいった。童話の世界と違い、穴に落ちていく金融機関を多額の税金を投入して救い上げることになった。リーマン・ブラザーズように穴の底に落ちて、その看板が消えてしまったのもあった。
 
  『鏡の国のアリス』では、眼を覚ましたアリスが自分が誰であるかを知ることになるが、大きな混乱の通過した金融界も、大銀行不要論とか商業銀行と投資銀行との分離とか、大きな再編成が求められている。主要国の金融監督当局で構成される金融安定理事会(FSB)も、アジア通貨危機後に設立されたのであったが、今回のLIBOR問題は世界の金融機関の信頼を揺るがすものとして、改革に取り掛かり始めた。
 
 本来、金融市場は、地元に定着した金地金業者がもっていた高い倫理観と地域社会からの信頼に裏付けられて、金匠銀行に発展していった英国独特の土壌が出発点であった。今なお、ロンドンが世界の金融センターとして機能している背景には金融の忖度を担うだけの伝統があったのだが、LIBOR事件を発端として歴史の流れに変化が起きないという保証はない。

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